• Dr.Keiichi Kobayashi

チャーチルについて考える

チャーチルは言わずと知れたイギリスの第二次世界大戦中の首相だ。通常、各国の指導者となる人間は優秀な人が多いが、チャーチルだけは普通の物差しでは測れない。 子供の頃、チャーチルは勉強が大嫌いで、いろんな学校を受験するが、失敗。成績劣等、運動ダメ、じゃあ、性格がいいのかというと、ものすごいだらしなさで行末を案じられた。  では、まるっきり頭が悪いのかというと、そうではない。それどころか、目まぐるしく変化する第二次世界大戦前後の国際情勢を予想し、チャーチルだけは読みを外した事がない。アメリカのルーズベルトはスターリンに騙され、スターリンはヒトラーに騙された。日本の平沼内閣などは、 国際情勢を判断できず”複雑怪奇なり”と総辞職したほどだ。そんな中でチャーチルだけはことごとく正確な判断をした。チャーチルは要するに学校秀才ではないが、現場の人で大変頭がいい人物だった。大器は通常の測りでは測りきれない場合がある。日本でも坂本龍馬は18歳まで寝ションベンをしていたというから、この種の大物は世間にはいるものらしい。
チャーチルが首相に就任したのは、イギリス軍がヨーロッパに派遣され、ナチスドイツと戦争してダンケルクに追い詰められた時だった。33万のイギリス軍はドイツ軍に完全に包囲され虐殺されるのも時間の問題だった。ところが、ドイツ軍はここで攻撃を中止する。何故、とどめを刺さなかったのかは謎とされている。
この間にチャーチルはありとあらゆる艦船を派遣し、イギリス軍を収容し海峡を渡ってイギリスに連れ戻した。制空権はドイツ軍に握られ、船は次々撃沈される有様で、ボロ負けもいいとこだった。歩兵が陸軍の中心と考えていたイギリスは、陸軍の主力は戦車を中心とした機甲化部隊という近代的な思想のドイツ軍にはまるっきり歯が立たなかった。ダンケルクから帰ってきたイギリス軍は服もぼろぼろ、士気も低く、ドイツ軍に対する恐怖を植え付けられた惨めな敗残兵たちだった。
やがて、ロンドン空襲も始まり、イギルスは敗北まで秒読みという状態となった。ここでチャーチルの真価が発揮される。形勢不利の負け戦の中で恐れない勇気、必ず勝つという信念、そしてそれを実現するための外交上の策略。どれをとっても優れた指導者と言わざるを得ない。
そもそも、イギリスはドイツと戦争しないという選択肢もあった。チャーチル以前はイギルスはドイツ融和政策をとっていたし、その方針でいけばボロ負け必至の戦争もやらずにすんだ。
しかし、チャーチルは人種差別を政策とするナチスと手を握るには、その正義感がゆるさなかった。 悪魔のようなナチスと妥協し、あえて平和を貪るのは、卑怯以外の何物でもなかった。たとえ、国は滅びるとも、悪に屈する事は拒否する、これがチャーチルの真骨頂だった。
チャーチルはアメリカを動かし、最終的には国を勝利に導いた。引退後は自分の体験談を執筆し、ノーベル文学賞をとっている。子供の頃の評価など、本当にあてにならないよい例だと思う。


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