チャーチルについて考える

チャーチルは言わずと知れたイギリスの第二次世界大戦中の首相だ。通常、各国の指導者となる人間は優秀な人が多いが、チャーチルだけは普通の物差しでは測れない。 子供の頃、チャーチルは勉強が大嫌いで、いろんな学校を受験するが、失敗。成績劣等、運動ダメ、じゃあ、性格がいいのかというと、ものすごいだらしなさで行末を案じられた
チャーチルが首相に就任したのは、イギリス軍がヨーロッパに派遣され、ナチスドイツと戦争してダンケルクに追い詰められた時だった。33万のイギリス軍はドイツ軍に完全に包囲され虐殺されるのも時間の問題だった。ところが、ドイツ軍はここで攻撃を中止する。何故、とどめを刺さなかったのかは謎とされている。
この間にチャーチルはありとあらゆる艦船を派遣し、イギリス軍を収容し海峡を渡ってイギリスに連れ戻した。制空権はドイツ軍に握られ、船は次々撃沈される有様で、ボロ負けもいいとこだった。歩兵が陸軍の中心と考えていたイギリスは、陸軍の主力は戦車を中心とした機甲化部隊という近代的な思想のドイツ軍にはまるっきり歯が立たなかった。ダンケルクから帰ってきたイギリス軍は

大親分 F.ルーズベルト大統領

巷ではよくルーズベルト大統領は真珠湾攻撃を知っていてわざと日本に攻撃させた、と噂される。それが本当かどうかはともかく、ルーズベルトならその位の陰謀をしてもおかしくないと人々に信じられるような人格的雰囲気の人だった。やることすべて底がみえる単純な政治家が多い中で、世界を相手に陰謀を仕掛け、国益を追求できる頭の良い大
ルーズベルトは東部の大邸宅に生まれ、中学まで家庭教師が教えていた大変な坊ちゃんだ。その後、東部の寄宿舎制の名門進学校にすすんだが、同年代の子と話した事のないルーズベルトは調整に苦しむ。この当時の同級生でルーズベルトのもっていたとてつもない天性の指導力に気がついたのは一人もいない。控えめでおとなしい奴という印象しか与えなかった。
ルーズベルトが豹変するのはハーバード大学に進学してからで、この頃からとてつもない政治家の才能を出し始める。
ルーズベルトは遠い親戚の女性と結婚するが、その人の叔父はセオドルルーズベルト大統領だった。身近に大統領がいたため、彼も政治の世界に入る。叔父は海軍次官を経てニューヨーク州の知事となり大統領選に出馬した。 フ

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